炎天の燃える百日紅花
ファインダーをのぞくと花の遊園。そんなところへ子どもと旅して、花と子どもを撮る。そんな子どもとの大切な時間をステキな花の場所で体験して、そしてiPhoneで撮影して思い出として欲しいとおもい、このブログを書いている。関西から日帰りで行ける夏の花の名所ザベストテンをどうぞ。よかったらFBなどでシェアをお願いします。
日本の礎を築いた鉱山開発の地に咲く
鉄道が好きな子どもがまだ幼い頃に、兵庫県朝来(あさご)、豊岡を旅した。播但線の新井(にい)駅から西にいったところに神子畑(みこばた)選鉱場に行った。ここには大きなサルスベリの樹がある。1990年前後に豊岡で仕事をしていた。その時、産業遺産である廃墟がなんとも絵になったので訪れていたので、子どもに鉱山鉄道の廃墟をと思い再度訪れたのだ。
いまではこの地域は竹田城の天空の城が世界的にも有名になってしまったが。ここはその城がある播但線たけだの駅から姫路へ二駅。そしていま「銀の馬車道」として売出中の観光地でもある。近代日本の鉱山開発発祥の地、がこの朝来一帯。
神子畑鉱山の近くには生野銀山、明延鉱山があり、鉱山トロッコ電車で繋がれていた。そんなことを子どもに教えてやろうと。いま産業遺産と言って軍艦島とかのもう稼働していない施設が人気だ。昭和レトロともかぶる、こうしたむかしの日本の姿。
15世紀の戦国時代から神子畑は鉱山として栄え、生野鉱山の繁栄でその地位をうばわれるかたちで休山。そして明治時代、鉱山王の五代友厚が銀鉱脈を発見。明延鉱山で採掘された鉱石を選り分ける場所として神子畑が再び脚光をあびる、最盛期は三千人が働き、規模、生産量ともに東洋一と称されるほど栄えた。
いま近代産業遺産は脚光をあびている。ここ神子畑鉱山跡も人がいままでより多いときく。ぜひ真夏の花をみて欲しい。
観光客の方がわざわざ訪れてGood度(他府県からの観光)
℃+℃+℃+℃(5個で満点)
かぶと虫みつけたそんな山の中
そんな親のおもいは、一匹のかぶと虫で消え去った。産業遺産などまだ幼稚園児の子どもにはどうでもよくて、偶然みつけたかぶと虫が子どもを夢中にさせた。そんなもんである。
明治維新後、官営鉱山となった生野、神子畑、明延鉱山。おやとい外国人がこの頃、日本にやってきて近代化に貢献してくれた。フランス人ムーセもその一人。ムーセ邸と呼ばれるしゃれた平屋建ての洋館、その横にある巨木が推定樹齢200年以上と言われるサルスベリ。樹高は7-8mはある。
散れば咲き 散れば咲きして さるすべり
サルスベリの別名、百日紅。そう言われるだけあって花の見頃が長いのがこの花の良い所。100日間咲いているかどうかは、数えたことはないけれど、すくなくとも7月から8月まで2ヶ月は咲いている。日当りが良い所でないと育たない木なので、太陽が一日中当たる所では燃える紅から、薄紅、そして白っぽくなり散って行く。
園芸が好きな友に聴くと、100日以上花をもたせようとするには、花が咲きおわると種をつけて体力消耗しないように花がらをこまめに手で取り、枝先の花を剪定するそうだ。そして新しい花房をつけさせると長く花を楽しめるらしい。暑さがながびく夏などには9月末ころまで咲いてるサルスベリもある。寒さには弱い木。街路樹にも植えてあるほど、育てるにもそれほど気にかけてやる木ではなく、肥沃な土地で日当りさえよければ花が咲く。
いまでは鉢植えでも育つ品種もあり、ベランダでも育てられる。本当に猿が滑るか、というとそんなことなくツルツルした幹だが猿はこの木を登って行く。似たツルツルした幹にナツツバキがある。
逢う約束の日を待たずして死んでしまった娘の物語
龍神を退治しながら旅をしていた王子が、生け贄にされていた娘を助けます。そしてその娘と恋仲になった王子。しかし、また龍退治に出かけなくてはいけなくなり、百日後に逢いに来る約束を交わす。しかし娘は約束の日をまたずして帰らぬ人となり、その娘の墓から木が生えてきて燃えるような紅色の花が咲く。朝鮮半島の伝承だけれど、その木を村人たちは「百日紅」と名付けたそうな。「あなたを信じる」と言ったサルスベリの花言葉もここからきている。
枝先に花が集中して咲くのでサルスベリは遠くから観ているとほんとうに燃えているかのようにみえる。原産地は中国南部で、紅色だけでなくピンクや紫もある。中国では長安の紫微(宮廷)に多く植えられていたために「紫微・しび」とも呼ばれ愛されている。友人の華僑の庭にも、すばらしいサルスベリが咲いている。
サルスベリ百日紅
科・属名/ミソハギ科・サルスベリ属
学名/Lagerstroemia indica L.
英名/Crape myrtle
原産/中国南部
開花期/7~10月
花の色/ピンク、白、濃い紅紫、紫
別名/百日紅(ヒャクジツコウ)猿滑(サルスベリ)怕痒樹(ハクヨウジュ)
花言葉/雄弁、あなたを信じる
神子畑選鉱場跡 みこばたせんこうじょうあと
所在地/兵庫県朝来市佐嚢
アクセス/JR播但線新井駅から全但バス神子畑行きに乗車、終点神子畑下車。
神子畑選鉱場跡HP
ムーセ邸/生野鉱山開発に貢献したフランス人技師・ムーセの元住居。明治20年、神子畑に移築され、事務舎として利用されました。現在は「ムーセハウス写真館」として、公開されています。/朝来市佐嚢1826-1 営業/10:00〜17:00(土日祝のみ、12/29〜2月末は休館)079-677-1717
夏の花サルスベリ朝来神子畑ムーセ邸 | 関西花の名所ザ・ベストテン
炎天の 燃える 百日紅花 日本の礎を築いた鉱山開発の地に咲く巨木のサルスベリ@兵庫県朝来神子畑ムーセ邸。神子畑鉱山の近くには生野銀山、明延鉱山があり、鉱山トロッコ電車で繋がれていた。いま産業遺産と言って軍艦島とかのもう稼働していない施設が人気だ。昭和レトロともかぶる、こうしたむかしの日本の姿。